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NBA ドリームチーム オクラホマシティ・サンダーのラッセル・ウェストブルック...

オクラホマシティ・サンダーのラッセル・ウェストブルック。試合前に彼の腕にはいつもオレンジ色と青色のリストバンドが付けられている。オレンジ色には「KB3」。そして青色には「Why Not?」の文字が。

ウェストブルックはカリフォルニア州はロサンゼルス近郊のロングビーチ出身。高校時の身長は175センチとバスケットボール選手としては小柄。同じ高校のチームメイトには「Khelcey Barrs」(ケルセイ・バス)選手という身長198センチにもなる全米からも注目されるプレーヤーがいた。

ウェストブルックとバスは家も近く、バスケットボールチームのチームメイトとしてだけではなく、遊びや自主練習でもとにかく一緒にいることが多かった。そして大学も同じチームでプレイしようという約束をする程の仲であった。
しかし、現実は厳しく、バスは全米の大学から多くの奨学金のオファーを貰っていたものの、対するウェストブルックは規模の小さな大学から、数える程のオファーしか貰えなかった。そして二人はこれ以上同じ大学でのプレイは希望しない。お互いにお互いの道を進もうという約束をした。

しかし、その約束も果たされないままに終わってしまう。彼らが高校3年の(アメリカの高校は4年制のところもあり、この高校は4年制。日本で言えば高校2年に当たる)ある日の午後、バスは友達と一緒にピックアップゲームをしている途中に、突然の心臓発作で命を落としてしまったのだ。

火曜日に命を落としてしまったバスの葬儀は四日後の土曜日に行われた。奇しくもその日は、バスとウェストブルックが一緒にピックアップゲームをしようと約束していた日でもあった。

ウェストブルックは元々ハードワーカーでは知られていたものの、その出来事以降、眼の色を変えたかの様にバスケットボールに打ち込んだ。コート内そしてコート外でもその姿勢は変わることはなかった。ウェストブルックは「人生がどれだけはかないものなのか」という事を痛感した。また、自分に与えられた能力を全く疑おうとしなかった。ウェストブルックは高校3年生になるまで、チームの先発選手になれず、高校の最終年の夏までどこの大学からもリクルートの話が来ない。そんな選手が「俺は世界で一番のポイントガードになる」と言っていたのだ。

彼の答えは端的である。

「Why Not?」

俺は全ての物事に対して常に「Why Not?」という考え方で生きている。これが俺の考え方だ。

そして彼は高校4年時の夏に、名門UCLAから奨学金のオファーを受ける。奇しくもUCLAが元々オファーを出したかった選手は一年前に亡くなったバス選手であった。

名無しさん wRY/JEowuc 報告 固定リンク

  • 2 件のコメントが省略されています

  • や ば い((((;゚Д゚)))))))

    名無しさん npXmFrl07V

  • なきそう

    名無しさん ctK72EoH5O

  • ウェストブルックいい人ですね!!TT

    名無しさん wRY/JEowuc

  • この話、運営は知ってるのか(T ^ T)

    名無しさん s8qV7QyOe6

  • この話は有名。まじで泣きそうになった。

    名無しさん QSYh5hx9gB

  • ウェストブルックは、大学はディフェンダーと言われていた。、

    名無しさん n5r4dfgfeX

  • 感動した

    名無しさん NusK8Z.gvl

  • 泣きそうです

    名無しさん Oe4GcgnDHu

  • 感動

    名無しさん AhAcKmhKgo

  • 勃起した!

    名無しさん y.Osf54r0k

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